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進化研究を覗く

顧問の西川伸一を中心に館員が、今進化研究がどのようにおこなわれているかを紹介していきます。進化研究とは何をすることなのか? 歴史的背景も含めお話しします。

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現存する最古のホモサピエンスのゲノム

2014年11月17日

ヒトゲノムの話は前回で終わりにしようと考えていたが、表現セクターの川名さんからペーボさんたちの新しい論文が発表されたと指摘を受け、最後にこの論文を紹介することにした。すでに紹介したネアンデルタール人ゲノム解析で有名なペーボさんたちが、今度はシベリア、Ust'-Ishim(ウスチ・イシム)から出土した私たちホモサピエンスの祖先ゲノムを解析した論文だ(Nature, 514, 445, 2014)。報告されたばかりのこの論文を読むと、DNAが回収できそうな骨をどのように研究するかがよくわかる。骨の持ち主が生きていた年代を特定するために重要なのは、炭素同位元素を含むタンパク質コラーゲンが残っているかどうかだ。幸いこのUst'-Ishimからのサンプルには必要な量が残っていたため、生きていた年代を41400±1400年前と絞り込むことができた。さらに、コラーゲンに含まれる窒素同位元素の比から当時の食事も推察することができる。窒素摂取量から、動物や魚からの動物性蛋白質を摂取していたこともわかるようだ。次はDNAの抽出だが、手足の骨の場合細胞が最も残っている末端の方から骨を削る。得られたパウダー状のサンプルから抽出されたDNAの1〜10%が今回の場合ヒト由来であることが確認され、十分ゲノム解読が可能であることがわかる。最終的にそれぞれの領域を42回以上繰り返して解読することができ、その結果を元に情報処理が行われる。骨の構造などから想像はついていたが、遺伝子を調べるとこの骨の持ち主が男だったことがわかる。次にミトコンドリアDNAを調べて、間違って現代人の遺伝子が紛れ込んでいないか調べる。もちろんこの分野の第一人者ペーボさんたちが注意深く調整したDNAは、現代人が混じっていても0.5%以下であることが判明した。ミトコンドリアの配列からさらに、この男がRハプログループと呼ばれる現代人の先祖の系統に属していることもわかる。さらに、Y染色体の配列から、このゲノムが現代アジアヨーロッパに広く分布しているKハプログループに属していることも分かった。いずれにせよ、DNAの質や純度から解読した配列の信頼性が確認されると、ようやくゲノム自体の解析に進むことができる。まず時間測定だが、炭素の同位元素から得られた結果とほぼ一致して、遺伝子から推定される年代は49000年と計算された。次は現代人との関係だが、現在では世界中の様々な民族のゲノムが解読されており、かなり詳しい比較をすることが可能だ。この研究では主成分解析という手法を用いて、922人の様々な現代人ゲノムと比較された。その結果、私たち日本人も含まれる東アジア人に近く、ヨーロッパ人とは離れていることが分かった。しかし、スペインで見つかった8000年前の人類や、同じくシベリアから発見された26000年前の人類とは同じ血統と言える。とすると、現在ヨーロッパに住んでいる人たちの祖先は、後からヨーロッパに移動してきた異なるグループの子孫かもしれない。当然この骨の持ち主も10万年ほど前にアフリカを離れて北に移動してきた先祖の子孫だ。このため、10万年前に別れを告げた南に移動したグループに由来する現代のアフリカ人とは最も似ていない。さて、北に移ったヨーロッパ人とアジア人のルーツについてつい最近、現代ヨーロッパ人の起源と考えられる古代人のゲノム解析がScience誌に掲載されたので少しだけ紹介しておこう(Science Express, 11月6日オンライン版掲載論文)。この論文では東ロシア・コステンキから出土した36000年前の人類のゲノムを解析している。

図1Ust'-Ishimと、コステンキの地理的関係を示している。Ust'-Ishimのゲノムは東アジア人の祖先と言えるが、ヨーロッパ人はコステンキで見つかったゲノムの子孫。

図1に示すように、この骨が出土したコステンキはシベリアからはほぼ1500km西に離れており、年代は約10000年新しい。重要なことは、コステンキのゲノムはペーボさんたちが解析したUst'-Ishimゲノムとは逆に、現代ヨーロッパ人に最も近く東アジア人からは離れている。これらのデータを合わせると、まず東アジア人の祖先グループがユーラシア全体に分布するが、その後現代ヨーロッパ人の先祖になるグループがヨーロッパでは優勢になるというシナリオだ。古代人のゲノム研究により、私たちの先祖の姿が急速に明らかになっていることを実感する。

論文では他にも様々な検討が行われているが、誰もが知りたいのはネアンデルタール人との関係だ。結論から言うと、このゲノムにもネアンデルタールゲノムが流入している。同じように、コステンキから出土したゲノムにもネアンデルタール人の遺伝子流入が認められる。このことからネアンデルタール人と私たちの先祖の交雑は45000年より前に行われていたようだ。これまでの推定では、現代人とネアンデルタール人の交雑は36000年から86000年前までのどこかの時点とされていたが、今回の結果から45000年より前のいつかと特定されたことになる。交雑から時間を経ていないなら、ずいぶん多くのネアンデルタール人遺伝子が残っているのではと期待するかもしれないが、これは万年単位のスケールの話で、実際にはそんなことはない。今回解析されたゲノムのおおよそ2%がネアンデルタール由来で、例えば現代のアジア人にも1.7-2.1%の範囲でネアンデルタール人ゲノムを特定することができる。この割合から計算すると、交雑は5万年から6万5千年前のいつかに起こったとになるが、これは現代人の祖先が中東からユーラシアに入り急速に拡大した時期に一致している。さて、ネアンデルタール人遺伝子流入の割合は現代人と比べて驚くほど高いわけではないが、残っているネアンデルタールゲノム断片の長さには大きな違いがある。


図2 ゲノムに散在するネアンデルタール人ゲノム断片のイメージ図。

図2に示したようにUst'-Ishimで発見されたゲノムに残っているネアンデルタール人ゲノムは断片の長さが現代人ゲノムに残る断片と比べると2−5倍で比較的固まって存在している。一方、現代人では短い断片が広い範囲に分布している。詳しいことは割愛するが、これは予想されていたことで、実際コステンキで見つかったゲノムでも、断片の長さは同じように長い。交雑の後、世代を重ねる中で流入したネアンデルタールゲノムは断片化していく過程については前回述べたとおりだ。もちろん、この時間スケールでは説明できない長い断片もこのゲノムには残っている。これほど長い断片は、ネアンデルタール人との交雑が繰り返して行われていたと考えることで初めて説明できる。実際にはどうだったのか?もっと多くの旧石器時代、新石器時代の骨を集めてゲノムを解読する以外方法はない。

以上がペーボさんたちの研究の詳細だ。ほぼ同時に発表されたコスタンキの結果を合わせて考えると、少なくともヨーロッパでは旧石器時代と新石器時代を担ったホモサピエンスは異なるグループに由来してそうだ。一方私たち東アジア人は旧石器時代以来ずっとUst'-Ishimの血筋を守ってきたと言えるかもしれない。なん度も繰り返すが、ゲノムは進化研究だけでなく、歴史学も大きく変える力になっている。

[ 西川 伸一 ]

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