進化研究を覗く

顧問の西川伸一を中心に館員が、今進化研究がどのようにおこなわれているかを紹介していきます。進化研究とは何をすることなのか? 歴史的背景も含めお話しします。

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歴史ゲノムに出会う

2014年11月4日

有史以前とは、歴史記録がないほど昔の事だ。わざわざ有史以前、以後と断るのは、書かれた情報が残っているかどうかが歴史を知る上で極めて重要だからだ。例えば我が国古代史の謎邪馬台国を考えればいい。中国・魏について書かれた記録があるおかげで、決定的な遺物が発見できなくとも存在したおおよその時代が推定され、その場所を巡って議論が今も続いている。17話で述べたように、この歴史研究に新顔が登場した。ヒトゲノムが解読され、古代の人骨からもDNAを採取して塩基配列を決める事が出来るようになり、ゲノムに残された人間の交流を読み解いて歴史を語る事が可能になって来た。ネアンデルタール人は有史以前に絶滅していたにもかかわらず、残された骨からゲノム解読が可能になって私たち先祖との交流が明らかになった。これから更に多くのネアンデルタール人のゲノムが解読されると、彼らの集団の人数や、ネアンデルタール人の集団同士の関係、更には私たちの先祖との関係も更に詳しくわかってくると期待できる。一方、ホモサピエンスだけに限れば、有史以前の私たち先祖の交流も、現代人のゲノムを数多く解読し比べる事でかなり正確に推測する事が出来る。


図1 民族間の交雑によりモザイクゲノム(赤と黄色で示している)が形成される。その後世代を重ねる事でこの時のゲノムは薄まって行くが(空色のゲノムの流入で表現している)、子孫全体を調べる事が出来ると、元のゲノムをほぼ再構成する事が出来る。

先ずゲノムが維持される様式について少しここで説明してみよう(図1)。男女の間に出来た子供の細胞では父母から受け継いだ染色体がまだ別々に存在しているが、精子や卵子が作られる時両方の染色体で組み替えが起こり、両方の親のゲノムが入れ子状態に混ざった一本の染色体が出来る。この染色体をスタートラインとすると、代を重ねるごとに最初父母のゲノムの組み合わせが他の個体のゲノムで薄められて行く。しかし、薄まっているのはその染色体を受け継ぐ子孫全体の中の一人のゲノムを見たときの話で、全子孫のゲノムを調べる事が出来れば、最初のゲノムの一部は子孫の誰かのゲノム内に残っている。一定数の子孫のゲノムを調べる事が出来れば、原理的には最初のゲノムをかなり正確に再構成できる。ただ、一部の遺伝子は世代を重ねると淘汰されるため、失われた部分を再構成する事は出来ないが、淘汰される部分はそれほど多くない。

この原理を頭に置いて、一つの民族を考えてみよう。各民族は集団内で婚姻が続く限り、最終的に残った染色体の多様性は集団を特徴付ける一定の範囲に収まる。例えば一つの民族内の顔かたちや皮膚の色が似ているのは、ゲノムの多様性が一定の範囲に収まっている事を反映している。ところが、全く違う集団からの個体と交雑が起こると、これまでとの集団とはずいぶん違った特徴を持つゲノムが流入してくる。現代では国際結婚は当たり前になって来たが、昔は他民族との婚姻は先ずないのが普通だった。ただ、歴史上これが破られる事が何回も起こっている。民族の移動、他民族による侵略、支配、奴隷売買などだ。混血の例から私たちが理解できるように、他民族のゲノムは一旦流入すると、形質上の様々な変化を引き起こす。そして一度でも流入が起こると、その子孫のゲノムの一部に残り続ける。全くアジア人の顔をした青い目の子供がいたりするのはこれを反映している。30億塩基対と言うゲノムの大きさのおかげで、統計学的に十分正確な計算が可能だ。高々数千年の歴史なら、地球上に現存する様々な民族に属する人達のゲノムを調べる事で、どの民族から、いつ、どのような規模で遺伝子の流入が起きたのかを驚くほど正確に計算出来るようになって来た。「本当に正確な記録がゲノムから出てくるの?」と疑う向きもあるだろう。これに答えるために、ゲノムから解読出来る交雑の歴史がどの程度正確か、文字で書かれた歴史の記録と比べた論文が今年の2月号サイエンス誌に発表されていたので紹介しよう。論文は英国ロンドン大学とオックスフォード大学の共同研究で、「A genetic atlas of human admixture history (人間の交雑の歴史についての遺伝地図)」だ (Science 343, 747, 2014)。研究は2つの部分に分かれている。先ず、ゲノムの多様性からどの民族といつ交雑があったのかを調べるために新しくソフトウェアを開発している。原理などは全て割愛するが、図1と同じように、それぞれの民族のオリジナルゲノム構成と、そこに流入して来た他民族のゲノムを現在までの世代数とともに推定できる方法が開発された。次にこのソフトウェアの検証のために、世界様々な地域に住む異なる民族95人のゲノムを解読し、新しく開発したソフトで解析して、ゲノムから明らかになった人間の交流史を、書かれた歴史と比べている。早速結果を見てみよう。例えば紀元前まで遡る事が出来た民族間交流を見てみると、北パキスタンの部族と西ユーラシア人との間に紀元前900−210年位と推定される交雑の痕跡が発見される。これに対応する記録された歴史をたどって行くと、アレキサンダー大王の遠征時期(356年−323年)に重なる。紀元後になると正確度はかなり上がってくる。例えばアジアからヨーロッパまでを巻き込んだ世界史の中でも大きな出来事蒙古大遠征と大蒙古帝国による支配は1206年から1368年に起こったが、これに関わった民族の末裔のゲノムをモンゴル民族からトルコ族まで調べると、計算される交雑時期は見事にこの160年に収まる。勿論、交流が一方的だったのか(兵隊による女性への乱暴)、あるいは双方向的だったのか(民族の移動と融合)も計算できる。他にも、アラブ商人によるアフリカ人の奴隷売買、スラブ民族移動、東南アジアのクメール帝国の侵略など多くの交雑史をゲノムから読み解く事が出来る。勿論この様な交雑をあまり経験していない民族もいる。スコットランドがそうだが、なんと我が国もアジアの中では交雑の跡が少ない。これを純血と喜ぶか、国際性の欠如と嘆くか、私は嘆いている方だ。

ゲノムは生命の最も基本的情報だ。一方、文字は生命が生み出した最も進んだ情報だ。21世紀になって、ゲノム情報が解読されるようになったおかげで、両者は歴史学の上で再び相見えるようになった。この新しい状況から何が見えるのか興味は尽きない。有史以前も巻き込んだわくわくする歴史を聞く事が出来るようになる日もすぐそこに来ていると期待している。

[ 西川 伸一 ]

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