進化研究を覗く

顧問の西川伸一を中心に館員が、今進化研究がどのようにおこなわれているかを紹介していきます。進化研究とは何をすることなのか? 歴史的背景も含めお話しします。

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系統の原理

2014年4月1日

西川伸一

繰り返すが現存の生物が共通祖先から分岐して来た事を最初に明言したのはダーウィンだ。彼は「種の起原」の中で本当の分類学は系統学である事を強調している。とは言っても、現存の生物種の系統樹を作るためには何をよりどころにすればいいのだろうか?例えば人間の家系図を考えてみよう。私の両親、祖父位までは何とかなるが、遠い親戚になると誰かの話を聞く必要がある。更に遠い先祖になると、書かれた記録との照合が必要で、それなしで家系図は描けない(この言葉による記録すら信用できないのが親子関係の常だが)。しかし人間が言葉による記録を始めて以来現在まで、現存の生物の系統樹を書くのに利用できる記録はまずないと言っていい。このため20世紀後半に分子生物学によってDNAに残された記録を基礎とする方法が提案されるまで、共通祖先からの系統樹をどう書けば良いかを廻ってほぼ100年にわたる議論が行われる。例えばErnst Haeckelはこの論争に参加した中でもよく知られた有名人だが、彼の「個体発生は系統発生を繰り返す」と言う言葉は、個体発生を観察する事で系統間の関係を描けるのではと言う提案と考える事が出来る。あまり知られていないが、ともかく生物の形態の差を用いて系統樹を書くための方法を開発しようとした最も真摯な試みはドイツの昆虫学者Hennigによる分岐解析(Cladistic analysis)かも知れない。Hennigは共有派成形質(Synapomorphy)と言う概念を提唱し、ある形質が共有されているかどうかに注目すれば分岐を明らかにできると提唱した(図1)。


図1 Hennigの論文から転載した生物の類似の3つのモードを示した図。symplesiomorphyはただ似ているだけ、convergenceは環境などの影響で適応した類似をさしている。分岐の基準として使えるのはsynapomorphyのみである事を示している。

しかしどれほど詳細に形質をリストしても事はそう簡単ではない。例えば植物や下等動物になってくるとこの共有派成形質の特定は難しくなる。さらに、細菌や原虫などの単細胞動物になるとこの手法の適応はほとんど不可能になる。結局100年の論争でわかった事は、分類には系統の原理に相応した新しい分類基準が必要だという事だった。

この問題の解決は、分類学とは全く別の所で進展を続けていた様々な生命科学分野が20世紀に統合される中で示される。先ずメンデルから始まる遺伝学が発展し進化論と接近する。詳しく紹介する紙面はないが1900年代DeVries, Morgan, Batesonたちによって、生物が有する様々な性質(形質)に1対1の対応を持つ遺伝情報があり、それぞれの形質に起こる変異の背景には遺伝情報の変異がある事が確信されるようになる。次に、Flemmingの論文「Zellsubstanz, Kern und Zelltheilung (細胞質、核、細胞分裂)(1882)」に掲載された図に示されたように(図2)、細胞の分裂時に核内の染色体が複製され、ついで2つの娘細胞に分配される事が細胞学的に証明され、遺伝情報が間違いなく核の染色体の中に存在している事が理解される。


図2 上記フレミング論文に掲載されている細胞分裂過程。
   染色体の分離、細胞分裂が精緻に描かれている。

また細菌遺伝の謎に取り組んでいたAveryによって、DNAこそが遺伝現象の物質的基盤である事が明らかにされる(1944年)。そして1953年になり、ワトソンとクリックが遺伝やタンパク質を作るための情報の本体が、アデニンとチミン、グアニンとシトシンが対として直列に並んだ2重螺旋構造を持つDNAである事を明らかにする。この発見が突破口となって、その後セントラルドグマとして知られるDNA,RNAを経てタンパク質が作られるためのルールが理解される。この結果、1)タンパク質の変異があるときは必ずその遺伝子に対応するDNA上のヌクレチドの並びに変異の起こっている事、2)核酸配列とアミノ酸配列の対応関係を決めるコドンルールは冗長で1対1ではなく、従って核酸配列の変化が必ずしもアミノ酸の変化につながらない場合がある事の2点が明らかになる。このように過去の変異や自然選択の結果がDNA配列の情報として記録されている可能性がはっきり理解される。即ち、DNAやタンパク質のアミノ酸配列を過去へと系統をさかのぼる情報の糸に使う可能性だ。そして1964年E.ZuckerkandlとL.Paulingがこの可能性について議論した記念すべき論文「Molecules as documents of evolutionary history (進化の歴史の記録としての分子)」を発表する。この論文で、DNA,RNA,タンパク質をSematophoretic (意味を持つ)分子と呼んで他の分子から区別し、それぞれの種の間でSematophoretic分子を比較する事で;
1) 比較している分子の元になった先祖分子の存在時期
2) 先祖分子のアミノ酸や核酸配列
3) アミノ酸や核酸の変化が起こる系統
が明らかになることを明らかにした。もちろん核酸の配列を読む事が出来るまでにはさらに10年かかる。しかしようやく私たちは系統を調べるためのあらゆる生物に共通する原理、即ち遺伝子やアミノ酸配列を情報として使えば共通祖先へと系統を辿る事が出来ると言う原理を手にする事が出来た。


図3 核酸配列に基づく系統樹 説明は本文参照。

図3には(あ)から(え)の架空の現存動物の架空の核酸配列を示す。赤字で示したのがそれぞれの配列の違いを示す。この違いが系統間の距離と相関しており、この距離がいつ分岐が起こったのかの時間の長さと相関している。

4話にわたって生物の過去の研究が如何に生まれ、科学的な研究手法を手にして来たかの歴史をざっと概観した。次回からは一足飛びに現代に戻って、過去5年以内に行われた具体的研究を紹介しながら、現在の進化研究がどのように行われているのか解説して行く。

[ 西川 伸一 ]

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