進化研究を覗く

顧問の西川伸一を中心に館員が、今進化研究がどのようにおこなわれているかを紹介していきます。進化研究とは何をすることなのか? 歴史的背景も含めお話しします。

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分類学と系統学

2014年3月17日

西川伸一

生物多様性について記述するには統一した分類学が必要だ。分類学を実感するには読者の皆さんが捕獲した動物が新種であることを証明する体験をする事が一番だがなかなかそんな機会はない。残念だが代わりに我が国で発見された新種についての論文を見てみよう。例えばJapanese Journal of Applied Entemology and Zoology (日本応用昆虫動物学雑誌)の1964年に愛媛大学の石原先生が発表された論文「Two new cicadellid-species of agricultural importance (農業上重要なオオヨコバイの新種) (Insecta: Hemiptera 昆虫綱、半翅目) 」に、新種の発見が報告されている。「え?1964年?50年前なんて古すぎない?」といぶかしがる人もいるかもしれない。しかし、この古さが重要だ。後に今現在の新種発見についての研究を紹介するが、1980年を過ぎると分類にDNA解析が必須になる。そこで、DNA解析など夢にも考えない時代新種発見の論文がどのようにその発見を伝えているかを先ず見ることにした。


図1 左図はオオヨコバイ科のヒシモンモドキの写真でcreative commonsより転載。右図は石原論文に掲載されている新種の図。

既に知られていたヒシモンモドキ科は左に示す小さな昆虫だが、この論文では頭と胴(A)、雄の生殖器官(BC)を詳しく観察して、これまで知られている種が示す形との違いを克明にリストし、新種であると結論している。要するに外見や内部の形態をすでに記録されている類型と仔細に比べることで、新種かどうかを決める事が出来る。この論文で既知の種として参照されているのが1896年に発表されたUhlerと言う人の論文で、この種に関しては半世紀以上新しい論文発表がなかった事になる(科学の常で見落としもあるかもしれないが)。なんだか新種の発見は難しそうだ。しかし、2011年に発表された “How many species are there on earth and in the ocean?” (地球の海と陸には一体どれだけの種が存在するのか?)(PlosBiol, 9, e1001127)という壮大な論文では、我々が記録している種の数は、実際に存在すると想定される種の陸上で2割、海中に至っては1割しかないと結論している。言い換えると新種の数の方が多いことになり、皆さんにもまだまだ新種発見者になるチャンスがある。


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図2
上に紹介した論文に掲載されている表。一番上の行が動物界で、地上の同定されている動物の数は953434、一方全種類の数は777万種類と推定されている。

もし首尾よく新種発見者になれると、名前をつける権利が生まれる。新しい種の名前の付け方は、200年前カールリンネにより提案された2名法がまだ生きている。石原先生の論文で発見されたヨコバイ科のヒシモンモドキ属の新種Hishimonoides (属名)sellatiformis(種名)Ishihara(命名者)と学名がつけられる。おわかりのように皆さんの名前が命名者として残る。是非新種発見に励んで欲しい。とその気になった所で、しかし既存の類型と比べるための現存の種を網羅したカタログはどこにあるのだろう。例えば昆虫も含めて地上の既知の全動物界の数は約100万。大変な数だ。以前は大学などの図書館で膨大な図鑑と格闘する必要があったが、現在ではウェッブ上のデータベースを使う事が多い。例えば国立科学博物館からも様々な生物のデータベースを閲覧できる(https://www.kahaku.go.jp/research/specimen/index.html)。英語に強い人だと更に詳しいカタログにアクセスできる(http://www.catalogueoflife.org/)。このように既存の種と比べるのが便利になったにもかかわらず、本当は新種の発見の進展は遅い。おそらく発見しようという気概のある人がどんどん減っているのだろう。また新種を発見しようとする一般の人にとっての最も高いハードルは新種の登録で、私も詳しくないが、石原先生のように査読を受けた論文を書く必要があるのではないだろうか。2名法は属と種だけで表すが、実際にはヨコバイ科はカメムシのグループに属し(目)、当然昆虫で(綱)、カニやエビなども含む節足動物に属する(門)というように他の動物とグループ分けされて行く。このように、形態の類似性の度合いで、下から上へとグループ分けを重ねて行くのが現代の分類法だ。

しかし皆さんの努力で新種の発見が続いたとしても、分類学的カタログのページが増えるだけで、多様性が発生してきた過去については全くわからない。わかりやすく言えば、この分類法には形態を比べる際の原理がない。後に詳しく取り上げるが、アリ、ミツバチ、スズメバチを分類すると、当然ミツバチはスズメバチの方に似ている事になる(系統学的には間違っている事が最近わかった)。では原理をどこに求めればいいのだろうか。その答えが系統の原理だ。復習になるが、18世紀の自然史思想により、現存の生物の多様性は神の創造ではなく、変化や絶滅が繰り返された長い歴史の結果である事が示された。そしてダーウィンにより地球上の多様な動植物は全て一つの共通祖先から分かれて来たとする画期的な考えが示された。40億年前、命のない物質から生まれた最初の生命から全ての現存の種までの系統樹を書く事が出来るとする原理だ。事実ダーウィンも系統樹のスケッチを残している(図3)


図3ダーウィンの残した系統樹のスケッチ

ただ問題は、一つの(もちろん2つでもいいが)共通祖先から現存の種が生まれてくる系統樹をどうすればメモやスケッチでなく、科学的に描けるかだ。19世紀私たちに生物が「進化」と言う過去を持つ事を教えてくれたのは化石だ。しかし化石は現存の種を共通祖先からの系統関係として描くにはほとんど無力だった。このため、ダーウィンの提案した画期的な原理はあまり評価されずに分類が進む。しかし20世紀後半、遺伝子配列決定が可能になる事でダーウィンの提案した系統原理に基づく分類が大きく進展する。次回はこの系統学の進展を取り上げる。

[ 西川 伸一 ]

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