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ラボ日記

研究セクターのスタッフが、日常で思ったことや実験の現場の様子を紹介します。
月二回、スタッフが交替で更新しています。

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【累代飼育】

龍田勝輔 一般にモデル生物と呼ばれる生き物は古くから研究材料とされたものが多く、それらの生物がモデルになり得た理由の一つは私たちにとって飼育が容易であるためです。また、モデル生物達は十数年前から次々とゲノム解析が行われ、トランスジェニック体が作製できるようになり、多くの研究者が使用し日々データが蓄積されていくことにより、さらにモデルとしての地位を確立しています。

 私たちが研究材料としているアゲハチョウ科の昆虫にはモデル生物と呼べるものはいません。もし彼らを次世代のモデル生物しようとするなら、第一にやらなければならないことは簡単な飼育方法を確立し、その後、近親交配に強く累代飼育が可能な「系統」を作製することです。(第二以下は省略。)

そこで、ナミアゲハの飼育について。
BRHに来て2年間、実際にナミアゲハを飼育していると、
(1) 飼育環境(日長・温度・湿度)
(2) 人工飼料(栄養・摂食可能な飼料かなど)
(3) 産卵環境(室内飼育環境で産卵可能か)
(4) 交配(近親交配の回避)
この4点が特に大事だなと感じます(細々した注意点は他にもあります)。

 幸い当ラボには日長・温度が管理できる飼育室とアゲハチョウの人工飼料を作製しているため、前述の(1)、(2)はクリアできています。また、ナミアゲハやクロアゲハの場合、ミカンの生葉を与えていればたいていの雌は葉に産卵してくれるので(3)もだいたい大丈夫。問題は(4)の交配です。特に(4)は系統作製のためにも重要です。
 一般に近親交配を回避するためには、飼育開始世代の個体数をなるべく多くした上で、循環交配方法(兄妹および姉弟間での交配を避ける方法)をとります(「昆虫の飼育法」日本植物防疫協会出版を参照)。ナミアゲハと同じ鱗翅目昆虫ではこれらの方法を使って累代飼育が可能な「系統」が確立されています。

 実際のナミアゲハ飼育結果ですが、初年度の飼育では8世代ほど累代できましたが、最後のほうは近親交配により、生殖能力、運動能力、形態に異常が出ました。ナミアゲハの羽は黄色と黒色の縞模様が特徴ですが、近親交配が進んだ個体は模様パターンの異常と黒色部分領域が多くなることが特に印象的でした。2年目の飼育では春(4月)に採集した個体から現在まで約10世代ほど累代飼育しています。初年度に比べ長く維持できており、今のところ羽の模様の異常などは見つかっていません。秋(9月)に採集した個体は奇形が出てきて駄目になりました。
 実は、2年目の飼育で春採集個体が長く維持できているのは先に述べた循環交配方法が上手く続いているためです。逆に秋採集個体は一部の個体群が産卵せず交配が上手くいかず交配法を続けることができませんでした。そのため近親交配させてしまい奇形がでてきたと考えられます。

 長くなりましたが、最後に、ナミアゲハで累代飼育および系統の確立は可能なのか?2年間の飼育から出た答えはありきたりですが「お金と時間と労力を惜しまなければできそうだ」です。飼育開始世代を可能な限り大きくし、循環交配方法を守り、大量飼育を行っていけば、ナミアゲハでも近親交配に強い系統が作れるかもしれません。

[チョウが食草を見分けるしくみを探るラボ 龍田勝輔]

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