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ラボ日記

研究セクターのスタッフが、日常で思ったことや実験の現場の様子を紹介します。
月二回、スタッフが交替で更新しています。

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【味音痴な脳】

龍田勝輔 9月末から急に寒くなってきました。今年もあと3ヶ月、時が進むのは速いです。そのスピードに自分の仕事はついて行けず、やらなければいけない(やりたいも含む)仕事が山積し、気持ちばかり焦ってしまいます。
 さて、本題ですが皆さんは「基本味」という言葉をご存じですか?
 私たち人間が感じることができる味のことを指し、甘味・酸味・塩味・苦味・うま味からなります。だれしも甘い食べ物を好きですが、一言で甘味といっても、我々に甘いと感じさせる化合物はたくさんあります。例えば、ショ糖・果糖・ブドウ糖などです。近年はカロリーオフの時代で缶コーヒーには人工甘味料も使用されています。
 このように、ある味を感じさせる化合物はたくさんあるのですが、生物は化合物レベルで味を認識しているのでしょうか? つまり、甘いと感じた時に、これはブドウ糖の甘みだなとかショ糖の甘みだとかいったように区別できるのかということです。我々人間の味覚に関しては研究が進んでいると思いますが、物言わぬ昆虫ではどうなのか? 今年の8月にこの疑問に関してショウジョウバエを用いた研究がPNASという雑誌に投稿されており、簡潔に言うと、その論文ではハエは甘味と苦味に関して化合物レベルで味をきちんと認識できないという結論にいたっていました。いきなり結論を書くとあっさりしていますが、以下に簡単な説明と私なりの見解を書きます。

 ショウジョウバエはゲノム解析から68種類の味覚受容体が発見されています。単純に1つの受容体が1化合物と結合すると仮定すると、ハエは68種類の味を受容することになります。一方、ショウジョウバエ味覚器官にある味細胞は4種類(糖・水・高濃度塩・低濃度塩)しかないため、68種類ある受容体はその4種類の味細胞のどれかに共発現しています。よって、異なる化合物を同じ細胞で受容していることになり、さらにはその味細胞からの投射先である脳の情報処理領域は同じであると考えられます。これらのことをふまえると、受け手である味細胞では何種類もの化合物を受容しますが、それらの情報は一度ひとまとめにして脳に送られた後、再びバラバラにして化合物ごとに別々の情報として処理している(郵便物の配達の流れと似てます)、もしくはバラバラにせずそのまま一括して同じ情報として処理しているとイメージできます。
 先の論文では私の例えだとバラバラにせず一括処理していることになります。つまりは異なる化合物であっても受け手の受容体が存在する細胞が同じであれば脳では同一に処理されることを示唆しており、化合物単位では味として認識できないことを意味します。さらには、脳で同一に処理されるならば、同じ細胞で受容される化合物群は相補的作用を持つ可能性があると考えられます(相補的作用とは、脳での認識およびその後の行動への影響に対して相補的であることを意味しています)。
 「なんて脳は味音痴なのだろう、味細胞は数十種類もの化合物を受容するのに、その情報を数種類にまとめて処理してしまうなんて」と思ってしまいました。しかし、何万、何千とある(であろう)食物に含まれる化合物から、必要な化合物(受容体)を選び、脳でさらにコンパクトな情報すると考えると、コストパフォーマンスを考えてもこの情報のスリム化はすばらしいメカニズムだと思います。
 実は、私が扱っているナミアゲハの産卵メカニズムにおいても化合物(産卵刺激物質)の相補的効果があると考えており、今回この話しを紹介することにしました。

[チョウが食草を見分けるしくみを探るラボ 龍田勝輔]

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