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ラボ日記

研究セクターのスタッフが、日常で思ったことや実験の現場の様子を紹介します。
月二回、スタッフが交替で更新しています。

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【クモと数学】

小田広樹 高校の時は数学&物理を得意にしていた自分ですが、大学4年間さぼっているうちにすっかり苦手になり、生物を研究し始めると、微分・積分、三角関数、行列などの数式を扱うということも全くなくなりました。ところが最近、クモの研究が進んでくると、その必要性を強く感じるようになってきました。
 私たちはクモを使った研究の将来性を、クモの胚発生に見られる数学的な美しさに感じています。一般に、“美しさ” はパターンに潜む対称性に感じられるものですが、クモ胚では、卵の中心を対称点としてあらゆる方向に同一の形をもつ球対称から、卵の中心を通るひとつの軸を対称軸とする回転対称へ、さらに、ひとつの平面を対称面とする鏡像対称へと段階的に転換していきます。つまり、発生が進むとともにより低次の対称性へと転換していきます。この対称性の転換はどんな動物でも発生過程のどこかで(例えば、ハエなどでは母親のお腹の中で卵ができるときに)起こっているはずですが、そのような過程がクモほど見やすく、分かりやすく、シンプルな形で現れる動物を私は知りません。
 クモ胚を構成する各細胞の位置を座標にとって、コンピューター上で細胞の動き&増殖と細胞の分化状態をシミュレートしたいと考えています。いろいろやりたいことはありますが、例えば、回転対称が破られる時の仕組みをコンピューター上でテストできたらと思います。私たちの研究室に来られた一般の方に、「遺伝子を見たら体の向きが分かるんですか?」と聞かれたことがあります。対称な状態から非対称がどちら向きに生じるのか、この問題は非常に基本的な問題ですが、答えることはできていません。十分な根拠はありませんが、別にランダムであっても構わないのではないか、と私たちは考えています。しかし、ランダムだからと言ってそこに明らかにすべき仕組みがないというわけではありません。
 身近な例で言えば、砂山に棒を立てて少しずつ砂を削り取る遊びがありますが、砂を削り取る操作を棒に対して対称に行っていても、いつか棒は倒れることになります。倒れることにより、それまでの回転対称が破られるのです。ここで注意すべきことは、棒の倒れる向きがあらかじめ決まっているわけではないことと、砂を削り取る操作を行わなければ棒は倒れないことです。砂を削り取る操作に相当するものが、クモ胚で何か? クモを使った遺伝子機能の解析とコンピューターを使ったシミュレーションを組み合わせて明らかにできないかと考えています。
 この正月に高校の同窓会があり、22年ぶりに友人と再会しました。数学や物理を職業に活かしている人もたくさんいました。やらなければという気持ちになっています。

[ハエとクモ、そしてヒトの祖先を知ろうラボ 小田広樹]

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