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ラボ日記

研究セクターのスタッフが、日常で思ったことや実験の現場の様子を紹介します。
月二回、スタッフが交替で更新しています。

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【無駄に過ごしたあの時間】

尾崎克久

 ある日の出来事です。
 私たちのラボで使っている、人工飼料が大変なことになりました。奨励研究員の中さんが、夕方近くにいつものとおりにアゲハチョウの餌を作っていて、基本飼料の“インセクタ F-II”がなくなったので、買い置きの中から一袋開封しました。乾燥した粉末の状態では特に問題はなさそうだったのですが、水を入れたとたんに悪臭が漂いました。いかにも食品が腐敗したような匂いです。これを幼虫に食べさせるわけにはいかないだろうということで、買い置きの中から別の袋を開封してみましたが、こちらも同様に、というよりさらにひどい匂いがしました。これにはメンバー全員が騒然となりました。買い置きのインセクタが全滅となると、今日、幼虫たち食べさせる餌が無いのです。

 何よりも今必要な餌を確保することが先決だと考えて、インセクタを分けていただけそうなところの候補をいくつか挙げました。その中の一カ所、大阪府大の方と連絡がついて、早速中さんが電車で受け取りに出かけました。当面の餌は確保できたと思って胸を撫で下ろしたのもつかの間、中さんから緊急事態を知らせるメールが入りました。
 「大変です。インセクタでも、“F-II”ではなく“G-3”でした。」
 慌てて帰路の地下鉄に乗ったためか、そのまましばらく連絡が取れなくなりました。「G-3なんて製品あったっけ?」と思いつつ、我々は大急ぎで代替え手段を検討しなくてはなりません。そのとき既に午後7時を回っていたので、別のところに連絡を取るにも時間に余裕がありません。いくつかの候補のうち、伊丹市昆虫館なら何とかなるかも、という話になりました。偶然、この日は荷物を運ぶ用事があったため、私は自家用車で出勤していたので、すぐに車で向かえば先方にそれほど迷惑にならない時間で着けるのではないかと考えたのです。私は運がいい、と思いニヤリとしながら出発の準備をしていたところに、中さんから連絡が入りました。
 「G-3というのは冗談です。いつも使っているF-IIです。」
 当然、この空気を微塵も読んでいない間の悪すぎる冗談には誰も笑うことができませんでした。「手ぶら帰館を禁止する!」というこちらからの連絡に対し、中さんは「いや〜、まさか真に受けるとは思いませんでした。」と、憎んでくれていいよと言わんばかりの開き直りを見せたのでした。

 代替え手段を模索して、無駄に過ごしたあの時間を返してほしい。

 中さんが持ち帰った人工飼料のラベルを見ると、「インセクタ F-II」と書いてあります。一方、問題のあったストックのラベルを見ると「インセクター F-II」と書いてありました。この微妙な違いに気づいた宇戸口さんを中心に、ここでまた、「ニセモノ?似て非なるものだったの?」という、実際に使用する上ではどうでもいい話題で盛り上がり、更に「ということは、Nikeのスニーカーを買ったつもりだったのに、実はニケだった、というようなものか?」とか「HITACHIだと思っていたら、実はハイタッチだった、というようなものか?」と、実にくだらない会話が延々と続いたのでした。

 大学受験のとき、「ドラクエに費やしたあの時間」を悔やみ、大学院試験のときには「バーチャファイターにつぎ込んだあの時間」を激しく後悔したはずなのに、10年以上経った今も、「後から思えば無駄に過ごしたあの時間」を惜しむ日々が続いています。時間を無駄にする人は、いつまでたっても無駄にしてしまうものなのかもしれません。今回もまた、つまらぬことを長々と書いてしまいましたが、たまたまこの駄文を読んでしまった皆様、無駄な時間を過ごしたと思われたかと存じますが、我々を反面教師として日々の時間を大切にしてお過ごしください。



[昆虫と植物の共進化ラボ 尾崎克久]

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