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ラボ日記

研究セクターのスタッフが、日常で思ったことや実験の現場の様子を紹介します。
月二回、スタッフが交替で更新しています。

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【個性と突然変異】

秋山-小田康子

 先日、アサヒ・コムのサイエンス欄に、ドイツに非常に筋肉の発達した子供がいる、という記事を見つけた。もとの論文を読んではいないので詳細は分からないが、なんでも通常の2倍に筋肉が発達し、5才(だったと思う)にして3キロのダンベルを軽々と持ち上げる。母親は元陸上選手であるらしい。そして遺伝子を解析したところ、筋肉量を調節するミオスタチンというタンパク質と関係した遺伝子に(これはこのタンパク質をコードしているという意味なのか?)突然変異が起こっていることが分かった、という話であった。この遺伝子はマウスでも牛でも突然変異を起こすと筋肉量が増加するということなので、人間でも同じような症状になっても全く不思議はないとのこと。そしてオリンピックが近付いていることもあってか、このタンパク質がドーピングなどに使われることを危惧している、と記事が結ばれていた。確かにスポーツ(観戦)好きな私も、近年、スポーツの世界に薬物が割り込んできたことを本当に残念に思っている。何回か前のオリンピックの時にベン・ジョンソンがメダルを剥奪された時も(古い!)本当に驚愕したものだ。薬物だけでなく、近い将来、遺伝子治療のようなことにまで発展してきたらなどと考えると恐ろしくもなる。
 しかしこの記事を読んで一番気にかかるのはまた別の問題である。もしこの子が人並みはずれた運動能力を持っていたら、それを人はどう受け止めるのか、ということである。遺伝子治療をしたわけでも、ドーピングをしたわけでもないのだから、もちろんその能力を受け入れるべきだと思う。しかし遺伝子が普通と違うからオリンピックに出られない、なんてことも起こりかねないのではないか? さらに考えると、おそらくオリンピックで活躍するような選手達はもって生まれた才能が(つまり遺伝子が)普通の人とは異なることも想像される。もしかしたら記事の母親だってこの突然変異をヘテロでもっていたために、筋肉が発達し、スポーツ選手になれたのかも知れない。もちろんもって生まれた才能に加えて、恵まれた環境とたゆまぬ努力があってこそ、その才能が開花しスポーツ選手として成功することは言うまでもないが、多くの場合(例外はあっても)、運動能力の発達した子供は運動の得意な親のもとに生まれることを私達は知っているし、ごくごく平凡な運動能力の私がどんなに練習してもオリンピックに出られないことは明らかである。
 現在のところ、遺伝子がこうだから運動が得意、などというところまで理解が進んではいないものの、そういうことまで分かってしまう時代がもしやってきたら、どうだろう? いろいろなことを楽しいと思えるのだろうか? 人間の個性や能力の一部分は遺伝子によって決まっているのだろう。そして「個性や能力を決めている遺伝子」を比較すると人により少しずつ違っているのだろう。その違いは場合によっては良くも悪くも突然変異と認識されるのかも知れない。だとしても、ただ純粋に個性や能力に感心したり感動したりしていたいと思う。



[ハエとクモ、そしてヒトの祖先を知ろうラボ 研究員 秋山-小田 康子]

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