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ラボ日記

研究セクターのスタッフが、日常で思ったことや実験の現場の様子を紹介します。
月二回、スタッフが交替で更新しています。

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【キッチリ型としなやか型】

山口真未

 ホヤといういきものをご存じですか。先日、大学院の授業で、ホヤの発生の研究をされている先生の講義を聞きました。海にいて、イソギンチャクのように岩にくっついていて、見かけはごつごつしたパイナップルのようないきものです(マボヤの場合)。成体はそんな植物のような形ですが、幼生はなんと、私たちの研究室で実験に使っているオタマジャクシにそっくりなのです。頭があって、尾がある。脳もあるし、光を感じる眼(眼点)もある。さらにおどろいたことに、胴体を輪切りにしてみると(といっても2mmくらいなので、顕微鏡でみないと見えませんが)オタマジャクシだけでなく、ネズミやトリやサカナの発生途中を輪切りにしたものと、とてもよく似ているのです。これらは脊椎動物というひとくくりの仲間で、基本的な体のつくりは同じなのです。私がホヤの講義を聞いて一番興味を持ったのは、オタマジャクシ幼生のでき方です。マボヤでは受精卵から幼生まで、どの細胞がどのように分裂してどの組織を作るのかということ(細胞系譜)が、詳細に調べられています。細胞系譜を調べることができるということは、言外に、細胞系譜がどの一匹をとっても全く同じだということを意味しています。ホヤのオタマジャクシ幼生はたった3000個の細胞からできています。そのうちの42個が筋肉細胞、脊索細胞はきっちり40個、表皮細胞は800個。どの一匹をとってもその数はきっちり同じで、そのでき方も同じなのです。そのうえ、発生の途中で一つの細胞を取り去ってしまうと、その細胞からできる予定だった組織はきっちり無くなってしまいます。つまり、ホヤは、卵から幼生になるまで、それぞれの細胞はものすごくきっちりと運命が決められていて、融通を利かさずに、何らかの規則に従って形を作っているのです。しかし、細胞系譜が一定というのは、すべての動物の発生に共通した原則ではありません。私が普段実験で使っているカエルや、ヒトなどの細胞系譜はかなりいいかげんで、どの一個の細胞がどの組織になるのか予測できません(だいたいの場所は決まっているのですが)。つまり、ヒトなどの哺乳類では初期の細胞に印を付けると、その子孫は体中にランダムに散らばります。また、発生途中の細胞を取り去っても、ある程度ならどこかから補ってほとんど正常な形を作ります。ホヤと違って、カエルやヒトでは、かなり柔軟に細胞同士が融通を利かせあって形を作っていると言えます。これはおそらく形をつくる細胞の数が違う(ホヤの幼生は3000個、オタマジャクシは数十万個)ことが大きな原因だと思われます。ホヤの発生の仕組みは研究が進んでどんどん明らかになりつつあります。もしかしたら、どんな遺伝子がいつどこでどうやって働いて・・といったことがすべて調べつくされ、人工的に再現できるレベルまで(機械のように)明らかとなるかも知れません。ヒトなども同じような構造からできているので、ホヤの研究から明らかとなったことは、ヒトの体づくりを明らかにすることにも充分役立つと考えられます。しかし、私は、カエルやヒトなどの発生がホヤのように完全に分かることは、相当難しいのではないかなと思います。なぜなら、ホヤとヒトで決定的に違う点、つまり、融通の利くしなやかさ、それを許している仕組みは何なのかということが、まだまだ分かっていないからです。私は、この、いきもののしなやかさこそが、いきものの発生を研究する上で、一番難しくておもしろい問題だと思っています。ですから、ホヤもキッチリカッチリしていてかっこいいけれど、カエルとか、なんとなくなるようになってしまうようないきものに愛着が湧いてしまうのです。


[脳の形はどうやってできるのかラボ 大学院生 山口真未]

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