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ラボ日記

研究セクターのスタッフが、日常で思ったことや実験の現場の様子を紹介します。
月二回、スタッフが交替で更新しています。

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【言葉の壁】

吉田昭広

 最近、Vogel というドイツの研究者の論文が自分の研究に関連するようであることがわかり、論文のコピーを取り寄せました。今から90年ほど前の1911年に公表された、70ページ近くのドイツ語の論文です。目を通してみると、実に詳細な図や記載のあることがわかって圧倒されてしまいました。「まさかここまで(わかっているとは)…。」と、何度もため息が出るほどでした。とは言ってもドイツ語を読む力の全く足りない私は、辞書と首っ引きで関連箇所を読む程度にすぎません。それでも時間はたいへんかかります。学生時代にドイツ語の勉強はしたはずですが、そのうち外国語は英語だけしか使わなくなり、今ではまったく情けない「ドイツ語力?」となりました。

 実は私が研究材料に使っているチョウやガのハネは、20世紀の中頃までにたいへん多くの文献が公表されていて、その大部分がドイツ人によるドイツ語の論文です。今の自分にとってたいせつと思われるものも少なくありません。しかし20世紀の後半に入ってしばらくすると、チョウやガのハネを扱った論文は激減します。学術論文を掲載する主要な雑誌がほとんど英語になってしまったのと同時期のようですが、研究者まで「総入れ替え」が行われたかのように、それまでのドイツの研究者の論文を目にすることがほとんどなくなります。「研究の流行が変わった」といえばそれまでですが、案外、当時のドイツの研究者にとっても(英語に対する)「言葉の壁」といったものがあって、それが少しは原因しているのかもしれません。

 チョウやガのハネについてのドイツ人の古い研究が、英語圏の最近の研究者によって紹介された例も少しありますが、まだまだ不十分のように思います。ドイツ語がろくに読めないくせにドイツ人の古い研究に魅力を感じている私は、そのうちドイツ人自身が古い論文を再評価し、英語で紹介していってほしいものだ、などと調子のよいことを期待しています。「それだったら、言葉ぐらい自分でもっと勉強しろ。」と叱られそうですが。



[チョウのハネの形づくりラボ 研究員 吉田昭広]

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