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ラボ日記

研究セクターのスタッフが、日常で思ったことや実験の現場の様子を紹介します。
月二回、スタッフが交替で更新しています。

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バックナンバー 【オサムシ採集の思い出】

蘇 智慧

 前回はオサムシの研究をしているうちに、次第にオサムシが好きになり、むし採集も楽しめるようになったと書きましたが、今回はオサムシ採集の思い出の1つをご披露したいと思います。

 マンボウオサムシ1998年初夏、2回目のオサムシ海外遠征は、オサムシの大家、井村有希さんとオサムシの発祥の地ともいわれる中国四川省に遠征しました。出発前に、井村さんから細かく指示を受け、2000個のトラップを作製し、準備は万全です。遠征の最大の狙いはマンボウオサムシ(図1)。中国甘粛省南部のごく狭い地域のみで知られており、極限まで肥大した頭部、ガッシリした体型、真っ黒でとても存在感のあるオサムシで す。井村さんも私もマンボウオサムシを採ったことがなく、どんな環境に生息しているかもまったく分かりません。井村さんの友人がおよそ10年前に甘粛省南部の文県という街に近い渓流の畔でマンボウオサムシの死骸を拾い、その周りの環境を収めた一枚の写 真だけ頼りでした。

 私たちの最初の目的地、四川省北部の九寨溝(図2)では、マンボウオサムシの記録はないのですが、文県の写 真を見ると、九寨鎮の山の環境は何となく気になりま す。潅木と草が点々と生えた乾燥した黄土の斜面 で、晴れた日は猛烈に暑く、人間はもちろん、むしも隠れる場所がないような、とてもオサムシが棲息しているとは思えない環境です(図3)。半信半疑でトラップを仕掛けました。

 翌朝、期待しないようにと50個のトラップを次々と覗き込んでいきました。驚いたことにエゾカタビロオサムシがトラップに、さらに、ミヤマカタビロオサムシ、ティ ーターンオサムシも入っていました。確認するトラップは40個目を越え、心臓の跳動も次第に強くなりました。その時です。頭のでっかい、黒いオサムシがトラップの中に入っているではないですか!心臓が一瞬止まりました。ピンセットで狙物を持ち上げると、待望のマンボウオサムシだとすぐ分かりました。全く予想外の収穫で、嬉しさが身体中に溢れ、声も震えました。

 一方、井村さんが反対側の斜面に仕掛けたトラップにはエゾカタビロオサムシだけ。早速私がトラップを仕掛けた斜面 に井村さんもトラップを追加しましたが、翌日の回収では私のトラップにはまたもマンボウオサムシが入り、井村さんのトラップには同じゼロでした。何とも不思議!? オサムシの大家に「勝った!」新米むし屋の純粋な嬉しさも加わり、これが私のオサムシ採集の自信にもなりました。帰国後、マンボウオサムシの DNA を調べたところ、カブリモドキやクビナガオサムシなど美麗種が多く含まれる中国系ヨロイオサムシの仲間であることが分かり、やはり何とも不思議なオサムシです。

四川省北部の九寨溝 マンボウオサムシ生息地

[DNAから共進化を探るラボ 研究員 蘇 智慧]

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