ちょっと一言

館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。

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もう一つのお役目の中での嬉しい発見

2017年11月1日

高槻市の文化振興事業団はとてもよい活動をしています。実は長い間理事長をなさった末次攝子さん(残念ながら亡くなられてしまいました)が女性新聞記者の草分けとしての人脈を生かし、質の高い舞台を企画なさったのが始まりです。研究館をつくって関西で仕事を始めてすぐにお眼にかかり、東京では知らなかった関西の文化、女性の活躍を知って驚いたことを思い出します。その時以来、何でも東京ではなく、日本中あらゆるところに魅力的な暮らしがあるのだと思っています。このようなご縁で、末次さんの命令により私がその後をお引き受けしました。正直、遺産を潰さないようにというところがせいぜいですけれど、地域への思いは大事にしたいと思っています。

実は昨日その活動の一つとして宮川彬良、平原まことのお二人の舞台があり、とてもすばらしかったのですが、その中で一つなるほどと思った話がありました。「ふるさと」です。フィナーレに最もふさわしい曲としてこれをあげられたのはちょっと意外でしたが、解説に納得です。1914年に「尋常小学唱歌第六学年用」にとりあげられたこの歌は、作詞、作曲共に不明とされてきましたが、作詞高野辰之、作曲岡野貞一とわかり、1992年からは明記されるようになったとのことです。ところでこの歌は、誰もが自分のふるさとを思い、なつかしむ気持になるところがミソです。

宮川さんはその秘密の一つとして、「これが賛美歌であること」という面白い指摘をされました。確かに「ふるさと」のメロディの最後に「アーメン」とつけても何の異和感もありません。東京音楽学校声楽科出身の岡野はクリスチャンで、東京の本郷中央教会のオルガニストを長い間勤め、聖歌隊の指導もしていました。こうして皆に共通する心のふるさとの歌が生れたというわけです。「ここでは自由なメロディとそこにつけられるハーモニーが重要。自由と調和という一見矛盾することをみごとにやってのけるのが音楽。隣の人(たまたまそこでは立会演説会がありました)も音楽に眼を向けてくれるといいんですが。」という話に拍手喝采です。生命誌の中でいつも、自由と調和という矛盾を解決している生きものに眼を向けて欲しいと思っていますので、音楽と生命誌の重なりをこんな形で再確認できたのが嬉しい発見でした。

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