ちょっと一言

館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。

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岡田先生の遺された空気を大切に

2017年2月1日

1月17日早朝。生命誌研究館の初代館長岡田節人先生が亡くなられました。2月4日(節分)がお誕生日なのでもうすぐ90歳でした。今では、館のメンバーにも館長時代を直接知っている人は少なくなってしまいました。しかし、岡田先生なしには今の生命誌研究館はなかったと言ってよい大切な方であり、名誉顧問としていて下さるだけで安心でしたので、支えがなくなって心細いところです。一言で表わすならダンディ。日本男性には珍しく明るい緑色の上衣や紫色のスーツを着こなす外見はもちろん、中身もとびきっきりのお洒落でした。

詳細を書く余裕はありませんので一言づつ。発生生物学では、エディンバラでウォディントン流の本物の研究者 ── 目先の競争でなく本質を見る ── のありようを身につけていらして、イモリを愛し、細胞を愛でて眼の細胞の分化のみごとな研究をなさいました(私が扱ったのが大腸菌でしたので、あんなものを愛づることができるのかとちょっとバカにされないこともなかったような気がします)。クラシック音楽は、生物学をよく知っている音楽評論家と思った人がいると言われるほどの造詣の深さでした。とくにハイドンを愛していらしたのが、らしい感じがします。そしてゲーテ。ゲーテは「形態学」という言葉をつくるなど生物に関心がありましたから重なるところを感じていらしたのだと思います。一方、カミキリムシ大好きの大型昆虫少年という可愛い面もお持ちでした。自動車はお年を召してからは自重していらっしゃいましたが。

これらすべてが一つになった、知と美を愛しそれを身につけられた存在です。生命誌研究館は何をしたいのかを一言で言うなら、岡田節人のような人を育てたい、そういう人がいる場にしたいということでしたし、今もそうです。もし研究者が皆そうなったら楽しい社会になると思うのです。生命誌研究館は、岡田先生の遺して下さった「空気」を大切にして行きます。日本の中で、いや世界の中でここしかないすてきな場として。

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