ちょっと一言

館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。

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国際平和を考える

2013年6月17日

中村桂子

今真剣に考えなければならないこと。あまりにもたくさんあり過ぎてウロウロしてしまいますが、選挙に向けてはやはり憲法でしょうか。日々の仕事の中で憲法のことは考えませんし、空気のような存在です。改めて「民主主義」「国際平和主義」「主権在民主義」と並べてみるとやけに主義という言葉が固く響きます。青空文庫に文部省発行の「あたらしい憲法のはなし」があり、『「主義」という言葉をつかうとなんだかむずかしくきこえますけれど少しもむずかしく考えることはありません。主義というのは、正しいと思う、もののやりかたのことです。』とありました。この冊子の最初は「みなさん、あたらしい憲法ができました。そうして昭和二十二年五月三日から、私たち日本国民が、この憲法を守ってゆくことになりました。このあたらしい憲法をこしらえるために、たくさんの人々が大変苦心をなさいました。」です。そういえばこんなこと勉強したなあと思い出し、大人として憲法を考えなければと思っています。憲法も法律ですから改正してはいけないというものではありませんが、改めて読んでみると平和な世界の中でよい国を作ろうとする気持がこめられており、爽やかさがあります。恐らくこの頃、世界中の人がこのような気持になったのでしょう。1945年の国連憲章がまったく同じトーンです。前文に「われら連合国の人民は、われらの一生のうちに二度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救い、基本的人権と人間の尊厳及び価値と男女及び大小各国の同権とに関する信念をあらためて確認し、正義と条約その他の国際法の源泉から生ずる義務の尊重とを維持することができる条件を確立し、一層大きな自由の中で社会的進歩と生活水準の向上とを促進すること並びに、このために、寛容を実行し、且つ、善良な隣人として互いに平和に生活し、国際の平和及び安全を維持するためにわれらの力を合わせ、共同の利益の場合を除く外は武力を用いないことを原則の受諾と方法の設定によって確保し、すべての人民の経済的及び社会的発達を促進するために国際機構を用いることを決意して、これらの目的を達成するために、われらの努力を結集することに決定した。」とあります。なんでこんなわかりにくい文章なんだろうと思いますが、気持は共有します。この時だからこそできたものでしょう。国連もまったく理想通りには動いていませんが、現実にいがみ合いがあるからと言っても基本は基本です。この気持を捨ててはいけない、その中でなんとか現実に向き合うという選択が望ましいと思うのです。

96条については慶應大学の小林節先生の「憲法は主権者である国民が権力を託した人々を管理するための規範」であり、改憲のためのハードルを下げるのは間違っているという論が明快です。改憲論者で、憲法そのものの受け止め方は違いますが、筋を通す姿勢は学者だと思います。

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