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中村桂子のちょっと一言

館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。

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生命誌の広がり — 木下晋さんとの出会い

2013年4月15日

中村桂子

東日本大震災以来、思いがけない方から「生命誌」と自分の仕事は重なっているという言葉をいただくことがふえました。

鉛筆画の木下晋さんもそのお一人です。近くの図書館へいらしたら「ハルばあちゃんの手」という山中恒さんの文で福音館から出ている絵本があると思います。表紙を載せておきました。是非お読み下さい。

海辺の村に生まれた女の子ハルは美しい手の持ち主です。針仕事も祭での踊りも上手。村の青年ユウキチと結婚し、神戸でケーキ屋を営みます。ユウキチの亡くなった後、村へ戻ったハルはまた祭の踊りに加わります。この本の主人公は手です。鉛筆でていねいに描かれた手がたくさんの物語を語ってくれます。“何でも生命誌”にしてしまう私には、ページを開く度に登場するさまざまな手が生命誌を語っているように見えます。

木下さんから是非話したいというお申し出があり、今話題の歌舞伎座の隣にある永井画廊の展覧会場でお眼にかかりました。絵本の原画もあり、楽しい一時でした。木下さんは“人は合掌して祈るしかない”とおっしゃってたくさんの合掌図を描いていらっしゃいます。代表作に、ハンセン病の詩人桜井哲夫さんの肖像と合掌(病気のために指を失なわれた手です)、同じく全盲の瞽女小林ハルさんの肖像と合掌像があります。そしてその底にある鎮魂の気持が生命誌と重なるとおっしゃって下さるのです。正直、作品とそこにつけられた文から少々暗いイメージの方を思い浮かべ、偏屈な方かもしれないと想像していました。とんでもない。辛い体験をお持ちで人間について深く考えていらっしゃるのはもちろんですが、お話が楽しい。すてきな方でした。「一番大事なことは、その人間を知っていくということで、絵を描くことではないと思っている」とおっしゃって、有名な方の依頼もだいぶ断っていらっしゃるようです。

これだけの文では木下さんのほんの一部しか描き出せていませんので、どこかで作品をごらん下さい。そう言えば、NHKの日曜美術館で年に一人づつ行なっている制作現場のドキュメント、昨年は木下さんでした。「生命誌」のお仲間の広がりを御一緒に楽しんでいただけると幸いです。

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