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中村桂子のちょっと一言

館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。

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【今週の幸せ2つ】

2011.11.16 

中村桂子館長
 基本的には変わらないことの多い日常ですが、その中によかったなと思うこと、困ったなと思うことがちょくちょく出てきます。どちらも小さなことですけれど、それを喜こんだり解決したりして過ごすうちに新しいことも出てくるわけです。そこで、今週の小さな幸せの中から2つを書いてみます。
 1つは、森重文先生との出会いです。京都賞の晩餐会でたまたまお隣になりました。森先生と言えば数学のノーベル賞と言われるフィールズ賞を受賞なさった方、しかも代数多様体についての研究は世界中で理解できる人が3人とか5人とか言われた方です。恐い方だったらどうしようとちょっと緊張していましたら、なんとも物柔らかでにこやかなすてきな方。代数幾何はどこにもない抽象的なものをイメージするところから始まるので大事なのは直観力とイメージする力。出発点はキュビズムの画家と同じかもしれないけれど最後は論理で詰めるので、そこが面白いのだと話して下さいました。森先生の頭の中に美しいイメージが涌いているところを想像して(どんなものかはまったくわかりませんが)楽しくなりました。これからは生物にも数学を役立てなくてはいけないので、若い数学者がやってくれるといいですねとおっしゃいました。その通りです。すてきな方と出会えて幸せでした。
 次はちょっと変な話。でも私には大事な話です。夜遅くラジオを聴きながら仕事をしていたら山口百恵の「秋桜」が聞こえてきました。思わず一緒に歌い始めたら、歌えるではありませんか。これには説明が必要ですね。もう20年以上も前のこと、ある日突然声が出なくなりました。病院へ行ったら数日絶対声を出してはいけないと診断されました。ところがその日はある会合で話さなければいけないことになっていたのです。会場まで行って事情を話しましたが、どうしても話すようにと言われ、マイクに口をつけ声とも言えない声で責務を果たしました。その後しばらく声が出なかったので、これでおしまいかと思っていたのですが、幸い一週間ほどで話すことはできるようになりホッとしました。ただ歌は歌えません。当時はカラオケが流行していて会合の後にそんな場面がよくあり、歌えない説明に苦労したものです(最近少なくなりましたね)。それが20年以上たって歌えるみたい・・・もちろん鼻歌です。でもとても嬉しいのです。歌えないのは本当につまらないもの。小さな幸せです。
 ここまで書いて、ある論文を読んでいたら幸田露伴の幸福三説が紹介されていました。惜福(与えられた福を使い尽くさないこと)、分福(福を一人占めにせず人様に分けること)、植福(自分が恩恵を受けることがなくとも将来を見通して福を生み出す元をつくること、木を植えるように)の三つだそうです。なるほどと思いました。できるかな。

 【中村桂子】


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