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中村桂子のちょっと一言

館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。

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【遺伝子で賢く - でもほんたふのかしこさかしら】

2011.11.1 

中村桂子館長
 先日、「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」を観ました。1968年に今も話題になる「猿の惑星」という映画がありましたでしょ(と言っても若い方には通じないかも)。衛星の事故で宇宙飛行士が不時着したのがとても非友好的な恐ろしい星、支配者は類人猿で、その言いなりにさせられます。実はその星は地球だったという落ちになっていて、主演はチャールトン・ヘストンでした。ところで、この映画では、なぜ猿が賢くなったかということが説明されていませんでした。今回はそれへの答の入った第2弾というわけです。アルツハイマー病の父親の治療に役立てようと新薬開発をする研究者ウィルが、実験用のチンパンジーに知能改善の遺伝子を入れます。そのチンパンジーの子どもシーザーが、並外れた知能を持つことになり、人間の愚かさに失望します。自由を求めたシーザーは仲間を誘って・・・こうして猿の惑星になるのです。こうやって粗筋だけ書いても面白くありませんね。育ての親ウィルとシーザーの微妙な感情のやりとりや新薬開発の競争など、映画としてよくできていますので見て下さい。もっとも私は、賢くなったチンパンジーが結局暴力で人間を征圧するというところは気に入らないのです。前に考えた宮沢賢治の「ほんたふのかしこさ」になっていませんでしょう。
 それはともかくここで眼を向けたいのは、1968年という前作の年です。新作の紹介として、事もなげに「遺伝子を入れます」と書きましたが、実は組換えDNA技術が生まれたのが1972年。1968年はそのたった4年前ですけれど、その時点では、種を越えてDNAを自由に移す技術のことなど誰も考えてはいませんでした。映画の世界、つまりフィクションとしてもそれを思いつく人はいなかったので、DNAの操作にはならなかったわけです。先回小松さんのSFを取り上げ、フィクションと事実との関係を考えましたが、想像の世界で思いつく前に現実が進むことになったのが現代の特徴かもしれません。もっとも、計画的に知能を高める遺伝子操作は現時点ではできません。というより、「知能を高める遺伝子」はないのです。知能だけでなく「背を高くする遺伝子」「言葉を話せる遺伝子」などのように外から見える性質をきめる遺伝子はありません。遺伝子は、あるタンパク質を作る情報をもっているだけなのですから。でも社会はあたかもそれがあるかのように期待しているので、ことは複雑です。
 一見とても進んでいるように見える科学ですが、実は日常から見るとわからないことやできないことが多いのです。この学問と社会のずれは、単にコミュニケーションという問題ではなく、本質として考えなければいけないでしょう。最後にまた面倒なことを書いてしまいましたが、途中に出てきた映画の話、SFの話、病気の話、お猿さんの話・・・どこかひっかかったところに一言下さると広がって楽しくなります。最近ご覧になった映画でも。そう言えばこの間テレビで山田洋次監督おすすめの「秋刀魚の味」を見て、特別なことは何もおきないことのよさを思いました。

 【中村桂子】


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