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中村桂子のちょっと一言

館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。

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【新しい国を支える若者たち】

2011.4.1 

中村桂子館長
 これまで13年間、「ちょっと一言」という題そのままに、その時思うことを気軽に書いてきました。なんということのない一言ですが、生命や人間に関わることをそれなりに考えて書いてきたつもりです。
 ところが、このところ、頭の中がゴシャゴシャです。「頭の中」と書きましたが実際には胸のあたりがうずき、さまざまなことが浮かんで整理ができないのです。
 呆然とするしかない大きな災害です。自然の力の凄さに圧倒され、その中での原子力発電所の事故に居たたまれない気持になっています。これについては、たくさんの報道があり、多くの方の発信があります。亡くなられたり、行方不明の方を悼み、被災された方を応援する気持はもちろん同じです。辛い中、苦しい中で譲り合い助け合う人々に、日本人としての誇りを感じる一方、リーダーたちの頼りなさにイライラする気持も多くの方と共有します。思いは溢れてきます。でも、それをそのまま書き並べてもと思うのです。
 ここまで書いてきたら、少し気持の整理ができました。今すぐ必要な被災された方々への応援はできるだけのことをするとして、ここで考えることはやはり、生命についてのできごとにしようと思います。
 今週は、小さな体験が二つありました。一つは、石川県の「里山里海施策」のお手伝いをしている中で、若い人たちの活躍が着々と進んでいる様子がすばらしかったというものです。美しい棚田が広がる集落は高齢化が進み、耕作放棄。やる気もなくなっているところへ若者が入りました。お祭りをやったり、若い人を呼びこんだ農業体験のイベントをしながら、特産の「ウド」づくりで街の人とのつながりをつくって地域を活性化したのです。ここで興味深いのは、地域の高齢者が元気になっただけでなく、入り込んだ若者が農業大好きになったということです。子どもの教育など若者が暮らしていける環境があれば、地方定住したいのにと言っていました。もっともこの環境づくりが難しいのですけれど。一見きらびやかだけれどとても脆い都会以外に暮らしの場を求める若い人がふえています。
 もう一つは、千葉県の農業高校の先生です。農業高校は仕方なく入学するところと見ている方もいらっしゃるかもしれませんが、実態は違います。生きもの大好き、自然大好きの生徒が活発に活動しています。私もそれに魅せられて農業高校応援団長となり、ここでも農業クラブの活動を紹介してきました。ところが、文科省が総合化の名のもとに、経済的判断から農業高校を減らしているのです。教育は10年先、いや100年先を見て行なうもののはずなのに。そこで、いかに農業クラブがすばらしいものか、太平洋戦争直後以来の経緯を調べた論文を書いているのが先にあげた先生です。それができ上がったら、文科省に持って行き、考え直してもらいたいと思っています。
 大被害からの再建でつくる国は、エネルギー多消費でなく土に根を下ろしたものでなければならないでしょう。そんな時、国を支えるのはこのような人たちだと信じています。

<後記>
 胸がザワついたまま"一言"を書き終えて一晩。眼がさめて、やはり今思うことを少し書いておきたいと思いました。「現代文明は機械論的世界観で動いているけれど、これを生命論的世界観に基づく文明に変えよう」というのが生命誌で考えていることです。
 技術は、ある想定の下に進める他ない一方、自然には想定はありません。想定外は言い訳にならないのです。でも現代文明は、自分たちの想定の中で埋立地に高層ビルを建て、一見華やかな生活を作ってきました。そこが夜中までキラキラ輝いているのをすばらしい生活としてきたのです。高槻から東京へ。夕方出て夜遅くに着き、渋谷を通って帰宅する時、いつもその異常な明るさを嫌だと思っていました。今、そこは適度な暗さです。空には星が見えます。ホッとしながらその裏にある大きな事故を思うと辛いのです。しかも、もし東北地方が大きな地震と津波で潰滅状態になっても、もし電気が供給されていれば東京では今まで通りの生活をしていたのではないかと思うと気持の整理がなかなかつきません。
 科学技術立国と言いながら、結局は人に頼るしかなく、しかもそこで「線量計が足りなかった」と言うのが科学技術のありようだとしたら、あまりにもひどすぎます。一度ゼロから考え直す必要があるのではないでしょうか。すぐにでも持って来られるでしょうに。緊急事態で大変だろうと、応援の気持でいましたが、これはそれこそ想定外、まさかです。自然・生命・人間という方向から考えましょう。農業に眼を向けている若い人について述べたのはそんな気持からです。

 【中村桂子】


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