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中村桂子のちょっと一言

館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。

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【たくましく、美しく、すこやかに−いえ、“より”が必要です】

2008.8.1 

中村桂子館長
 絵本作家 かこさとしさん。子どもたちが小さい頃「だるまちゃんとてんぐちゃん」に代表されるだるまちゃんシリーズでお世話になりました。今回、漢字の名前 加古里子で『伝承遊び考』(小峰書店)をまとめられました。とても興味深いので毎日新聞で書評させていただいたのですが、とにかく400ページほどの厚い本4冊という力作です。そこだけでは語りきれませんでしたので紹介を続けたいと思います。
 伝承遊びとしてとりあげられているのは、絵かき遊び、石けり遊び、鬼遊び、じゃんけん遊びです。日本中どこにでもある遊び。特別の道具がなくてもできる遊び。人数が多くても少なくてもできるけれど、あまり少ないとつまらないのである程度の仲間が必要という遊び。ある年齢以上の方だったら、これらの遊びの体験のない人はいないでしょう。一緒に遊んだ仲間の顔を思い出していらっしゃると思います。
 加古さんは、1926年生れで、大学の工学部を卒業後化学会社の研究所に入られたのですが、子ども相手の活動でなさっていた絵本や紙芝居づくりがいつの間にか本業になったという方です。最初の絵本はダムのでき方を語った「だむのおじさん」だったそうですからエンジニアらしい出発です。以来50年、伝承遊びを徹底的に調べてきたら、絵かき遊びなど10万点以上にもなったとのこと。それを整理なさったのが今回の著書です。そこまで調べられたのは、そこに意味を見出されたからです。石けり、鬼ごっこはもちろん、絵かき遊びもじゃんけんも原則外遊びです。昔、ロウセキというものがありましたでしょ。アスファルトの道にそれでいろいろ絵を描いたものです。石けりのための○は、土なら棒、アスファルトならやはりロウセキで描きましたね。
 これらの遊びは、季節、天候、時刻、場所、人数など、その時の状況に応じて工夫する必要があります。加古さんは、「複雑にしたり、簡単にしたり、他の遊びと融合させて新方式を開拓していったり」、そこに「努力と向上の営みがある」と書いています。努力と向上というほどの意識があったかどうかは別として、工夫はよくしましたし、それが楽しかったのをおぼえています。でも、1970年くらいからこのような遊びは少しずつ減ってだんだん集めるのが難しくなり、1990年以降はほとんど見られなくなってしまったとのこと。地域での子ども社会が消えたのでしょう。これらの遊びには、小さな子が入ってきてもつまらなくならないような工夫がされていたというのも指摘もあり、年齢の異なる子どもたちが遊んでいた風景を思い出させます。
 もう一つ大事だと思うのが、遊びの中でちょっと相手の悪口を言ってみたり、大人に聞かれると叱られそうないわゆる悪い言葉を使ってみたりしたという指摘です。これも思い出します。それをやりながら、どの辺までだったら許されるかを測っていたんだと思います。こうして社会性が作られていくのです。
 遊びにはそういう意味があったわけで、一日中たわいもないことをやっているように見えた、その中で育ってきたんだなあと思います。
 科学技術社会と称されるものがこれを追い出したことの負の意味を考えなければいけないのではないか。まさにそうですね。
 実は、1994年、加古さんは設立間もないBRHを訪れて下さいました。その時のメッセージをご紹介します。




 【中村桂子】


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