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中村桂子のちょっと一言

館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。

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【科学的な数字だけが事実ではない】

2006.5.15 

中村桂子館長
 先日、マイケル・クライトンさんとお会いする機会を持ちました。「未来への提言」というNHK BSの番組で、地球環境問題と社会の中での科学の役割という切り口でクライトンさんにインタビューするというお役目をしたのです。「ジュラシック・パーク」で名前を知り、エレクトロニクス・ナノテクノロジーなど新しい技術の可能性と危険性とを組み込んだ小説でなじんできたクライトンさんの考え方を伺うと同時に、生命誌の考え方を聞いていただく機会だと思って、ロサンゼルスまで行ってきました。
 クライトンの場合、書いたもののほとんどがベストセラーになり、映画化もされています。私たちも、科学技術のあり方や人間と科学について考え、生命誌という形で発信していますが、“科学”とか“学問”という範疇に入っていると、自ずと制限をかけてしまいますし、広がりにも限りがあります。ですから、小説という形にすることで多くの人に受け入れられる(もちろん小説ならすべてベストセラーというわけではありませんけれど)ようにすることには意味があると思うのです。事実、「ジュラシック・パーク」によって、DNAを巡るさまざまなテクノロジーへの関心が広がりました。
 小説の場合、面白さが必要ですから、必ずしも“科学的に見て正しい”とは限らない面もありますが、本質を誤っていなければ、それは許されると思うのです。たとえば、ジュラシック・パークの場合、“こはくの中に閉じ込められた蚊が恐竜の血を吸っていた”という発想が抜群です。小説の中で扱った“こはく”が恐竜のいた時代とは違う時代のものだったとか、蚊の吸った血から採ったDNAで恐竜を復活させるのは現実的には不可能だろうとか、いくらでも問題はありますが、それらを越えてこの小説は科学を社会とつなげる役割をしてくれたと思います。日本で言えば、小松左京さんの「復活の日」や「日本沈没」があります(これは本当に先取りですね。地球温暖化によって太平洋の島が沈没するかもしれないということが話題になる中、「日本沈没」が再び映画化、5月29日に日本武道館を中心に全国で同時上映されます。私は大阪で観るつもりです)。科学を素材にした良質の小説がもっと出て欲しいと思います。クライトンとの話し合いから得たことまで行かないうちに紙数が尽きました(Webですから本当はいくら長くてもよいのですが)。内容についてはまたの機会に書きます。
 ただ一つ、事前に2mを越す方と伺い、お会いしたら、“大きいなあ”という圧迫感があるのではないかと思っていたのですが、実際には、それがまったくありませんでした。今もその大きさの実感がありません。恐らく人柄の柔らかさでしょう。“科学的な数字だけが事実ではない”。クライトン自身からそれを受けとった気がしています。。

 
 
 【中村桂子】


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