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中村桂子のちょっと一言

館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。

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【こころとはなにかと聞かないで下さい】

2006.2.1 

中村桂子館長
 先日、大阪府門真市の教育委員会からの依頼で先生方にお話をしにいきました。門真市を訪れたのは初めてということもあって、数人の方が市の様子を話して下さったのですが、どなたもまず、松下幸之助さんに触れられたのが印象的でした。松下幸之助さんが、それまで勤務していた会社から独立して改良ソケットをつくった場所が門真、つまり松下電器の創業の地というわけです。以来、この土地が取り立てて優位というわけではないのに(市の方がそうおっしゃったので)、ずっとここを大事にしてくれたことに、皆が感謝しているということでした。
 松下電器といえば、日本を代表する、世界で見てもリーダーの一つといってよい会社でしょう。しかし、一方で創業の時にお世話になった土地への感謝を忘れない(別の言い方をするなら義理人情に厚い)ということです。近年、競争、競争と言って、人情など捨て去れという風潮ですが、本当に強い人、競争に勝つ人は人情にも厚いということではないでしょうか。そもそも、松下、ソニー、本田などなど日本を支えてきたベンチャーは、社会に役に立つものをつくろうという意欲で事を始めていると思うのです。そして、日本という社会と一緒に育って行こうという気持があったので、その会社の関係者でなくとも、それらが伸びていくことが、日本人として嬉しかったものです。
 どんな時代になろうと、尺度の基本は人間しかないでしょう。もちろんこの人間が曲者で、自分勝手だったり、欲深かったり・・・いろいろな面を持っていますが。それでも・・・。
 ここで、このところこだわっている動詞、つまり人間の行動で考えてみます。そして、人情厚くとまでは行かなくとも、関わりを大事にするというところにおいてみたらどうでしょう。実は最近“こころ”というテーマが浮き彫りになっていて、いろいろなところから研究会や文章を書くようにとお誘いが来ます。こころは人間以上に面倒で、こころとは何かと言われても困ります。でも問われてみて考えるうちに、日常のこととして素直に考えれば、とても簡単なことなのではないかと思えてきたのです。私が日常行っていることはすべて、私のこころの表れです。そして日常とは、私が人や生きものや器物や自然などあらゆるものとの関わりを持つことですから、こころとはまさに関わり方を言うのではないかと思うのです。可愛いと思ったり、困ったなと思ったり、時には憎かったり・・・。人間に対しても生きものに対しても、自然物や器物に対してもさまざまな気持がはたらきます。もちろん、自分自身に対しても同じことが起きます。
 現代社会は明らかに関係を切る方向に動いています。今日も友人が、研究室の中に昼食を仲間と食べられず、12時少し前になるとどこかへ消えてしまう学生がいると話してくれました。適切な関係が持てる社会とはどんなものなのか。「こころとはなにか」と大上段にかまえるより、上手に関わり合えるとはどういうことかを考え、それを妨げること、たとえば子どもの時からコンピューターゲームにのめりこむことはしないようにしようという具体的な対応をとることが大事なのではないでしょうか。

 
 
 【中村桂子】


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