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中村桂子のちょっと一言

館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。

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【そろそろこの辺で】

2005.7.1 

中村桂子館長
 JR西日本の福知山線が再開しました。この事故は、たくさんの方が亡くなり、とくに若い方が多かったこともあって、思い出すだけで胸が痛みます。そして、何か心の中にもやもやしたものが生まれてくるのです。もちろん、この事故そのものの原因の究明と対応は重要ですが、それだけではすまないものを抱えているような気がしてならないからです。正確さ、迅速さで世界に冠たる日本の鉄道。誰もがそう思ってきました。原則としてはそうだと思います。でも・・・
 最近、電車が遅れたり止まったりすることがふえています。JR西日本で言えば、週日愛用している京都と高槻の間を往復する新快速。10年前は15分かかっていたと思うのですが今は13分です。確かに快速でありがたい。でもここ数年、なんだか遅れが目立ってきたように思っていました。特別の事情がないのに遅れる。だから乗降客がサッサと行動すればよいのにそうはならない。そこでますます・・・。乗降客の行動も含めて、このダイヤはちょっと無理がかかっているなと感じていました。JR西日本だけではありません。東京でも、ちょっとしたトラブルが多くなっています。先週の土曜日も東京都心の電車が止まっており、かなり迂回して帰ることになりました。新橋で線路の上を人が歩いていたとか。ちょっと変です。空でもトラブル続きです。
 どこの会社がダメだとか、誰が悪いとかというところに止まる話ではないのではないでしょうか。「社会が急ぎ過ぎている」。そう思えます。ゴールがはっきりしている競争なら、一刻も早くという気持はわかりますが、多くの人が今の社会は先行き不透明と言うのです。どこへ向かうかもわからず、急いでどうなるのでしょう。競争のための競争、改革と言っていれば立派と信じているとしか思えない改革。そんな中で皆で焦っているのがふしぎです。研究の現場では、若い人たちがとても焦っています。そこで「スロー」というかけ声をかける人が出てきました。でも、スローならよいというものでもないでしょう。どんな社会にするのかを考えることが必要です。
 生命誌では「生命(いのち)」を基本に置くと考えていますから、“生きものの持っている時間”が判断基準になります。生きものは、本来自分の動きを基本にしているはずですが、融通無得なところがあり、たとえば新幹線には乗れるのです。そうは言っても私の体験からしても、これは決して疲れない速さではありません。実は私の体は、以前の“ひかり”(東京-大阪間3時間)なら大丈夫、“のぞみ”(同じ距離を2.5時間。最近は“ひかり”が途中の待ち時間ありなので、走っている時は、速いように思います)は疲れると発信していました。ところが、本来の“ひかり”(途中待ち合わせなく3時間で走る列車)はなくなってしまいました。JR東日本は時速360km出せる列車を開発中で実用化も近いとか。でも、そこまで行かない方がよいだろうというのが私の実感です。スローがすべてよいとは申しませんが、そろそろこの辺りでという“頃合い”があります。
 社会全体のまわる速度を落さない限り、事故は起こるのではないでしょうか。皆が、自分の生きものとしての物指しを活用して、社会の活動の速度を落とす方向へ持っていかないと、生きものである人間は悲鳴をあげることになるでしょう。もうかなり悲鳴が聞こえているのではないでしょうか。子どもたちからも。皆でただ忙しく過し、失敗した人を非難していてもよい社会にはならないと思うのです。

 
 
 【中村桂子】


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