中村桂子のちょっと一言
館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。
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2003.10.15 

【あちらこちらにつながって】
 
中村桂子館長
 先回、まどみちおさんと阪田寛夫さんという大好きなお二人の詩人のことを書きました。阪田さんから本を送っていただき、なぜ本が送られてきたか説明するのに阪田さんのこと、そしてまどさんのことをお話しておく必要があったからです。そこで書いた童謡のことを読んだBRHの中で、目下子育て中という桑子朋子が、「子どもの頃のことを思い出しました」と言ったあと、「あの頃って、出てくるのはお母さんでしたよね。お母さんとかママとか。でもこの頃違うんですよ。お父さんも大活躍。ママが登場すれば必ずパパもということに気がついて面白いなって思っています」。なるほど。自然にそういう時代になったのかしら、それとも男女共同参画でちょっと無理しているのかもしれないななどと思っています。いずれにしても“歌は世につれ世は歌につれ”という常套句の中には童謡も含まれるということですね。
 阪田さんの著書は「受けたもの伝えたいもの」(日本キリスト教団出版局)です。関わりのあったさまざまな人を通して今思うことを書いたエッセイ集ですが、その一つに「われらはどこから来るか われらは何か われらはどこへ行くのか」という題の文があります。引用させていただくと「17,8年前、私はまど・みちお氏の1970年の日記からこの言葉を見つけました。克明な日記の文学の海から掬い上げたテツガクの命題のような言葉は、まどさんの力強い共感の文章と併せて私の心に刻まれました。「1月29日。ファブリのゴーガンの画集がくる。絵はともかく絵の題名は「われらはどこから来るか われらは何か われらはどこへ行くのか」ああ実はそのように俺も叫びたい。」今どきゴーガンの画よりその画につけた長い題名の方に感服しているのは、世界中でまど・みちおさんとその教えを受けた自分との二人だけだと、勝手に思いこんだまま世紀末まで来てしまった訳でした。ところが・・・ここから生命誌です。要約紹介しますと「1999年4月につけっ放しにしていたテレビで短冊を連ねたようなDNA(遺伝子)の模型と一緒にその題名に思いがけず再開した」私のNHK人間講座「生命誌の世界」です。さっそくテキストを買って、私が書いた「このゴーギャンの問いは生命誌と同じ。だがゴーギャンの「私たち」は人間のことだろうが、生命誌では地球の生きものすべてが私たち」という説明を読み、「どんな文明社会になっても人間はヒトという他の生きものたちと40億年近い生命の歴史をもっているという認識」に共感して下さったようです。こんなことを考えるのは、まどさんと自分だけと思いこんで来たとおっしゃるけれど、そんなことはありません。同じような気持で暮らしている人は少なくないと思います。このエッセイ集には日野啓三さんも登場します。昨年亡くなってしまわれましたが、最後の本「書くことの秘技」は私にとって今大切な本です。生命誌で考えるべきことが盛りこまれているのです。日野さんが病気で苦しんでいらっしゃる中で書かれた「アフガンの紛争のことを考えると、次第に耐え難くなる」という文を引かれ、最後の短編のあとがきに「本当に大切なのは、この私ではなくて世界の方なのだ」とあったと書いてらっしゃいます。これは、ここだけ読むと滅私のようで気になる方があると思いますが、“私”というものを深く考えたうえでのこの言葉には重みがあります。このように人と人とが同じ思いでつながっていることを実感できる時、よかったなあと思います。生命誌はこういうつながりの中にあるのです。


【中村桂子】


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