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中村桂子のちょっと一言

館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。

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【テロと爆撃の毎日の中で】

2001.10.15 

子どもは親を選べないとはよく言われることです。確かにそうですし、だからこそ親の責任は重いわけです。最近の動きを見ていると、子どもは時代を選べない、子どもは国を選べないという気持ちがして胸苦しくなります。私たち大人は今生まれている子どもたちの親の世代として、更には親の親の世代として、どう責任をとったらよいのでしょう。私が育った日本は幸い未来が明るく見える時でした。小学校4年生で第二次大戦が終わり、まず人間はすべて基本的人権をもち、人種、性別、年齢などで差別されないと教えられました。私が今も持ち続けている人間への信頼感はこのおかげだと思います。私より一歳年上の大江健三郎さんはこうおっしゃっています。もし、自分が民主主義の時代に生まれていなければ、四国の森の中でお父さんのように、いやお祖父さん、曾祖父さんのように生きただろう。それはそれで安定したよい生活だったと思う。でも中学の先生から人間はどこまでも自分を解放できるものだと聞いて、村から出てやろうと思った。大人になってみると、民主主義にもあやしいところがあることはよくわかったけれど、それでもあの時のことを考えると民主主義を大切にしたいのだと。
私の場合、政治や経済や社会ではなく、生物からものを見ることになりますので、制度よりもむしろ人間そのものを出発点にしたいという気持が強くなります。だから、人間はどうしようもないほど愚かだけれど、でも人間こそ信頼の基本だという気持を次の世代も、次の次の世代も持って欲しいし、そういう社会にしたいと思うのです。宗教も、お金も、力も、それがあったうえでのことだろうと。

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