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中村桂子のちょっと一言

館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。

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【大事なことはなにか -2 〜ドルの重さ〜】

2001.9.1 

 またちょっと考えさせられる話に出会いました。城山三郎さんが書いてらしたことです。デビュー作「かもめのジョナサン」が世界的なベストセラーになったリチャード・バックの話です。そう言えば、日本でも大人気でしたね。城山さんがバックに対談を申し入れたところ、転々としていてなかなかつかまらなかった…というところはジョナサンの著者らしいと思うのですが、いざ対談となって指定された場所がラスベガスのホテル。美女連れで、彼がオーナーをしている航空会社の飛行機を自分で操縦してやってきたのだそうです。世界的ベストセラーの印税とその後出版社がつりあげた次作のための前払金はそうでもしなければ使いきれなかったのだろうとは城山さんの想像ですがそうなのでしょうね。直接経営に関与していないと言っても執筆以外の雑用はできるだろうし、こうなったら書きたいものではなく売れそうなものを書くしかないとも。そして、私たちはリチャード・バックという作家の名を聞くことはなくなってしまいました。残念なことに。
 これは小説の世界の話ですが、科学の世界にもこんな空気が流れ始めていないでしょうか。個人の財産ではなく研究資金のことです。お金で事が動き、それにこたえようとするために本当に大事と思うかどうかよりは、期待にこたえられるかどうかの方を優先せざるを得ないことにならないでしょうか。大事と思う仕事以外にふりまわされることがふえてはいないでしょうか。こうして気がついたら、生きものの魅力を感じとりたい、人間について知りたいという類の知は消えていた…ジョナサンのような運命にならないようにしないと怖いと思います。実は城山さんはもっと危なっかしい例もあげて「ドルの重さに負けた」と言っていらっしゃいます。研究費の重要性は認めますけれど、本当に大事なのはなにか。考える必要があるように思います。

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