中村桂子のちょっと一言
館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。
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1999.12.1 
【進化学の時代へ】
 
 進化について書こうとしてどんどん寄り道に入ってしまいました。ことほどさように、進化という概念は、生物にとって、また生物学にとって重要で、多くのことを考えさせるものです。
 ところで、近年、分子進化学と呼ばれる分野が生れました。DNAの塩期配列を比べることによって、生物相互の関係を描いていく分子系統樹から進化を見ることができるようになったからです。この方法の利点は大きく分けて次の三つに集約されるでしょう。

(1)地球上の生物は皆ゲノムとしてDNAをもっていますから、形が違っても、暮らし方が違っても、とにかくDNAの塩期配列で比べた時にどのくらい似ているか、違っているかを見ることができます。つまり全生物の系統を見られます。もちろん、小さな部分での比較もできます。
(2)DNAの塩期配列分析は誰がやっても同じに出る客観的データであり、形の比較で時々見られる観察者の主観による違いのようなことはありません。
(3)DNAの変異はある確率で起きるものですから、特定の遺伝子に関して変異が起きるのに必要な時間を想定できます。分子時計と呼ばれるものが考えられるわけで(これは絶対的なものさしとは限らないので注意は必要)、比較している生物がいつ頃分岐したかがわかります。

 お気づきになったでしょうか。分子進化学は学であり論ではないのです。科学として認められるデータに基づいて進化を考えられるからです。ただここで注意しなければならないことがあります。いかにも客観的データに見えるので、ここから得られた結果が真実だと思いこむことです。分子時計にしても、ある種の仮定が入っているわけですから、化石の観察や形態比較など、他の情報と組み合わせて最も確からしい答を探すことが必要です。それにしても論から学へ。分子進化学は進化という‘概念’を‘事実’へと転換させ、しかもその背後にあるメカニズムも少しずつ解明していくわけで、大きな展開です(ここでふと遺伝学の歴史との重なりを思いました。それについては次回に)。



※いただいたメッセージに一言※
 都市工学を大学院で勉強中の秋田さんから、生命誌の発想は都市計画に必要なものだと実感した、というメールがありました。学術会議のシンポジウムで、私が「日本の文化を支えてきた里山という概念を、昔からの農村との関わりだけで考えるのでなく、都会にも里山的発想をもちこむことが必要だ」と言ったことに共鳴して下さったようです。生命誌16号での今森光彦さんとの対談で話したことです。若い方が、そんな都市を作って下さると嬉しいです。秋田さん、是非研究館へいらして下さい。参考になることがたくさんあると思います。
 皆さんどんどんこのホームページにアクセスし、意見を書きこんで下さい。

※「ちょっと一言」番外編※
鹿児島での「生命と環境」展示室を考えている方たちへ
 鹿児島県が「生命と環境」をテーマに展示室を作ることになり、それを担当している方が来館なさり、構想にあたって「生命誌」を基本にしたので計画へのコメントをするようにとのメッセージを残していかれました。生命誌の考え方がこうして広がっていくのは嬉しいことです。この欄に答を書くようにとの御指示ですので番外の書きこみをします。
 「生命と環境」という組合せはヒョンなことから生れたようですが、怪我の功名。環境を考える時には、何にとっての環境かと言えば、生命あるものですし、生物と無生物の差は環境との関係があるかないかだと言ってもよいと思いますので、この二つは組合せて考えないと意味のないものだと思います。ここに生命誌、つまり生命の物語が生れます。
 この二つの接点を「人間の知恵」にしようと思うとのことですが、それも適切だと思います。なぜなら私はこう考えるからです。20世紀は《人間》-《人工》-《自然》という関係で、人は自然から逃れるために人工を作り、自然を勝手に使いました。自然ばなれの時代です。21世紀は《自然》-《人間》-《人工》という関係で、人間が間に入って自然と人工を上手に組み合わせていくことになると思います。20世紀に活躍したのが知識だとするなら、21世紀は知恵でしょう。これをどう表現なさるか―これは鹿児島の方たちの日常から生れるものにするのがよいと思いますので、工夫なさって下さい。
 生命誌研究館では私たちなりに考え続けてさまざまな表現をしておりますので、生命と環境展示室を訪れた鹿児島の方たちが、ここにも是非いらして下さるよう願っています。「生命と環境」で考えたことを更に展開して、生きているってどういうことなのだろうという基本にまで思いをいたして下さるとありがたいのです。
 楽しみにしています。
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