中村桂子のちょっと一言
館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。
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1999.10.15 
【ホームページへの質問に・・・】
 
 「自然淘汰とか適者生存で進化してきたという話を聞きますが、人間の創造性はどうやって生じてきたのでしょうか(要約)」という問いがホームページに寄せられました。これは“ちょっと一言”でお答えできるような問いではありません。というより創造性とはなにかというところから始まって考えるべきことがたくさんあって、“こうです”という答の出せるものではないという方が正しいでしょう。ここでは進化ということについて考えていただくための素材を提供したいと思います。
 進化というとダーウィン、ダーウィンと言えば自然選択(最近は用語として淘汰でなく選択を使います)や適者生存と連想ゲームのように出てきます。ダーウィンが進化についての考え方をまとめて「種の起源」という本を出したのが1868年。よく知られているように、彼は、イエバトや多くの家畜の観察から出発し、ビーグル号での世界各地の旅で出会ったさまざまな生きものの観察を基本に、生きもののもつ性質が固定したものではなく変り得るものであること、表現される性質は環境と関わっていることを確信するようになりました。もちろんそれまでにも、生きものは変化をするという考え方はありました。しかし一方、すべての生きものは神様がお創りになったそのままの姿でいるはずであり、とくに人間が、そのような変化の末に生れてきたなどということがあるはずはないという考えも強かったわけです。その中で、ある一つの祖先型からさまざまな姿が生れることを系統的に考えたダーウィンの仕事はみごとです。そしてそのような変化の要因として環境を考えたのも、みごとな切り口です。
 ところで、それから150年ほどたっています。その間に生物の研究は進みました。実はダーウィンとほぼ同時期にメンデルが遺伝子の概念を出していますが、それはダーウィンの進化論には取り入れられていません。今では、遺伝子の本体がDNAであることがわかり、DNAから出発して生命現象を理解する分子生物学が進展し、分子進化学という分野も生れつつあります。
 ダーウィンの仕事は素晴らしい。けれども、それから150年たった今、それ以後の研究も踏まえて進化を語るには、自然選択、適者生存というダーウィンの言葉の意味も再検討し、現代の進化学を組み立てていかなければならないのは当然です。
 学問の世界では、できるだけ新しい知識をとり入れて議論をするのが普通ですが、なぜか進化論となるとダーウィンになってしまうのはどうしてでしょうか。それだけダーウィンが大きなことをしたということでしょうが、そろそろダーウィンは偉大な先人として進化研究の歴史の中に位置づけ、現代の学問として進化を語るようにしたいと思います。現代の学問の中で進化はどう考えられているか。それは次回に。

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